ECの理想形は運営している途中で見えてくる可能性がある
ECの理想形は運営している途中で
見えてくる可能性がある
ECの理想形は
運営している途中で
見えてくる可能性がある
前編で「ECはカタログ=商品検索、決済、配送の3機能が重要」と出てきました。この3機能を押さえれば、あとは自由にやっても良いのではないかと考える。反面で「ブランドストーリーは“今ではない”とお話ししている」と、コマースプロデューサー 川添隆さん、ZETA 山崎徳之がアドバイスしています。
後編ではECサイトの担当者に「大事にして欲しい、考えて欲しいこと」を軸に川添さん、山崎が考える「自社EC、商品にとっての“ベスト”の見つけかた」について話し合いました。
1.お客様をよく知り、その時に最適なコミュニケーションを
山崎:前編の最後で「EC事業者でコンテンツに注力する際、その方針が意外と定まっていない」という話が挙がりました。リソースは限られている。だからこそ、きっちり購買に結び付くようにリソースを使わないといけないですね。
川添さん:「顧客に何を伝えたら良いのか」もよく相談いただきます。だから、前編で「顧客が買い物をする際に『ブランドストーリーをそこまで知りたい訳ではない』と考えていることもある」と話しました。顧客が何を求めているのか、そのタイミングはいつかというのは常に考えておく必要はあると思っています。
山崎:ECといってもほんの10商品しか扱わない専門店と、楽天市場のような総合モールではまったく意味合いが違うので、そこに来る顧客のニーズやレベル感に合う情報を提案しないといけないですよね。
川添さん:山崎さんもECサイトをサポートする側にいらっしゃいますが、山崎さんはECサイトを使うときなど「今、私が顧客だったら」と考えることはありますか?
山崎:あります。いつも考えています。
例えば、電化製品でトラブルがあったときに、カスタマーサポートに電話をするとだいたい冒頭に電源が入っているかと前提の確認をされるのですが、それがまさに顧客のニーズやレベル感に合う情報提案が必要なシーンかと思います。
川添さん:なるほど、そうですね。
コマースプロデューサー 川添隆さん
山崎:私の場合、問い合わせする際にある程度予備知識がある上で行うので、最初のやりとりでは自分の理解度を伝えることに注力しないといけない。こういったコミュニケーションの手間がなくなると嬉しいですね。
川添さん:顧客ならではの視点ですね。
山崎:これは実店舗でも同じですよね。
単純にその商品、例えば液晶テレビについて「何もわからないから質問した」ときと「自分も知識はあるのだけど特定の機能が搭載されているかどうかを聞いた」ときで、適切な対応が断然変わってきますよね。
川添さん:そうですね。インターネットが登場してから、自社スタッフより顧客のほうが詳しい確率は圧倒的に高くなったと思います。今仰った“適切な対応”でいうと、やはり実店舗での接客は顧客側のニーズやレベル感をすぐ察して、ちょうど良い対応をしてくれることが多いと思います。
山崎:リアルの接客ならではですよね。
電話やメールだと、声や言葉、文面から推測して対応しますが、実際にお会いすると服装や体格など、いろいろな情報から「この人は詳しそう」と判断できることもあります。
川添さん:お店で販売をしていた経験がありますが、お客様が入店した時点である程度の予測を立てました。たまに常連の方が電話で来店の連絡をされる際は、予め前回の購入履歴などを見て、話のつながりができるようにしていました。
山崎:ECサイトでもまさにその入店時の印象、ファーストコンタクトで「どんな顧客か」を理解して適切に提案してくれると良いのですがやはり今は難しいですね。
川添さん:リアルタイムな情報把握ができるオンライン接客ツールも増えてきたので、常連さんで一定の顧客情報を保持している人が来た場合は可能でしょう。ただし、初回来訪のときこそ「何を載せておく=表示させるか」が重要になる気がします。
例えば商品のランキングや特集ページは、お客様に「これはサイト側が『買って欲しい』と思っている商品なんだろう」と思われて警戒される可能性があります。アパレルのように商品数が多いサイトは新作・新着のページが多くみられる傾向があります。ランキングや特集は1つのきっかけに過ぎないですが、「新しい」は誰にでも響きやすいネタの1つなのかもしれない。そういったことを考えながら表示を考え、調整していくのが大事なのです。
山崎:もしかすると、今はデジタルがない時代よりも実店舗で優秀な店員さんは信頼を得やすくなっているのかもしれませんね。それもOnline Merges with Offline(OMO)化が進む現象の一部じゃないかと思います。
川添さん:OMO、ECサイトと実店舗をまたいだ統合マーケティング施策。
企業としては実店舗とECサイトを分けて考えるのではなく、それぞれ得意分野が違うので機能的に棲み分けながらも一連のつながりをつくる道を追求していかねばなりません。
2.最先端テクノロジーを盛り込めばいいわけじゃない
山崎:私自身にも言い聞かせているのですが、エンジニアは物事を極端に捉えてしまう傾向が強いと考えています。ITサービス、ツールでも、もう少し手前で留めておくほうが顧客としては使いやすかったり心地よかったりするのに、ある一方向に特化させてしまうというか。
例えば、最近はまたメタバースに注目が集まっていますが、仮想世界で「実際と同じ距離、広さを持つ東京を作りました」は少し違うと思うのです。仮想世界だから「東京タワーに行ったあと、すぐにスカイツリーに行きたい」ですよね。
ZETA株式会社 代表取締役社長 山崎徳之
川添さん:メタバースを運営されている方と現実世界を仮想化してもユーザーは盛り上がらないよねとお話ししました。現実と同じように東京タワーから電車に乗ってスカイツリーに行くまでは求めていませんね。
メタバースも使いかたですよね。例えば、ビームスはメタバースのイベントに複数回出店していて、ある程度手ごたえを感じていらっしゃるのではないでしょうか。
今後5GやWeb3.0の文脈で次々と新しいテクノロジーが登場します。注目を集めるスピードも早いので、まずは触ってみてどんなものなのか?を理解しておくと思います。でも……
山崎:衰退する速度も速い、ですよね。
川添さん:その通りです。
僕は新しいものが好きなので、メタバースとか新しい技術もある程度理解した段階で「面白そうだな」と飛びつくのですが、一方で本質理解までに至らず表面的な取り組みにとどまってしまって終わってしまうことも散見されて「もったいない」と思う面もあります。
新しいものが出てきても、深い領域まで使い倒されずに企業が諦めてしまう。ユーザーの頭には結局何も残っていない、みたいな。
山崎:もう少し意義のあるディスカッションが継続すれば良いなと私も思います。
サイクルが短すぎて、可能性を残したままで次に行ってしまうのですよね。
川添さん:仰るとおりです。
また、バーチャル世界という観点でメタバースを見ても、昔のゲーム「Second Life」や映画「レディ・プレイヤー1」の世界観のように「このパラレルワールド側に“すべてが”集約されますよ」ということは、よっぽどの必然性がない限り起こらないと確信しています。だから、今は“遊び”があったほうが良いと思います。
ゲームの世界を見ても、いくつものバーチャル世界がありますよね。僕の息子も4歳くらいのときからMinecraftをプレイしていて、YouTubeを見ながら見様見真似で熱心に創作や冒険をしています。途中で、Fortniteをかじったり、Robloxにも手を出し始めました。ただ、それぞれの世界に世界観やルールがあって、4歳児でもわかるような直感的な盛り上がり方をするのはおもしろいなと思っています。
山崎:メタバースで注目している事例とか、ありますか?
川添さん:例えば、VR法人HIKKYが運営するバーチャルマーケットはメタバースコマースとして成立している場になっています。特におもしろいと思ったのは、「現実世界で伝えることが難しいことも、メタバースで体験してもらうことで伝えやすくなる」とか「同じ場所に異なるIPのキャラクターが存在することもある」ということです。あくまでもたとえ話ですが、エヴァンゲリオンの隣にディズニーキャラクターがいるなど現実世界では到底OKが出そうにないことでもバーチャルマーケットではOK、許される。
まだ、各社がVRの可能性を模索している今だから許されているのであって、しばらくしたら厳しくなるかもしれませんが非常に面白い事例だと思いました。
山崎:それは確かにおもしろいです。
個人的には、3Dモデリングや現実世界の見た目に近づけることよりも、そういった面白さに着目するべきだと思っています。エヴァとディズニーキャラが並んでいたら顧客、お客様も「面白い!」とSNSでシェアしてくれるかもしれない。プラスに働く期待感が持てますよね。
3.自社ならではの正解をゼロとイチの間に探す
山崎:先ほど「ITの人は極端」と話しましたが、私も常に自分に問うていて、スタッフにレクチャーする際も常に、「どんなときもゼロかイチかではない」と話しています。
前編でも話しましたが「ECはこうあるべき」というのはないと思います。実店舗でも最近は無人化をしているお店が出てきました。あれは非常に面白い試みですが、「本当に無人化をすることがベストなのか」も考えておきたいです。
川添さん:僕も同じように考えています。
前編の最後に「買い物をするタイミングにおいて顧客はブランドストーリーを必要としていないかもしれない」と話しましたが、僕自身のEC運営メソッドとしては積極的に運営者の想いを込めたり表現したりはやったほうが良いと伝えています。のっぺらぼうなブランドストーリーではなく、人が考えているぬくもりがわかるようなブランドとしてのコンテンツや施策、クリエイティブで出していった方が良いと考えている。それはブランドにとっての「らしさ」になります。
でも、「らしさ」が必要のないケースもありますよね。その場合は、無人化・全ての自動化の方がベストな判断になりますが、これが成立する前提は「どこに行っても買えない商品がある=ここでしか買えない商品がある」ということです。商品の差がなくなってきている、いわゆるコモディティ化した市場では、ちょっとした買いやすさ、見やすさ、商品の使いやすさなどが差になってきます。その「○○やすさ」の根源は、相手のことをどれだけ考えていて、それを表現するか?だと捉えています。
でもそれは、実際のところ、僕でも山崎さんでも正解はわからないですよね。やはりブランド、事業者の中の担当が見て考えて「これがベストかもしれない」と頭をひねって自分たちで摑んでいくところなのかもしれないと思っています。
山崎:そうですよね。
仮に「どうすればECがうまくいきますか」と聞かれても、「こうすれば良い」とは言えないですね。
川添さん:「こうしなければいけない」と示してしまうと、かえって足かせになってしまうことも多い。せっかくブランドに「らしさ」があるのに、「ECはこうあるべき」と示したことで「らしさ」をそぎ落としてしまったこともあったので、それは避けたいです。
山崎:もしひとつ「どうしても挙げて欲しい」と頼まれたら、私は「謙虚さ」だと伝えます。
全然ECに限った話ではないですが、「自分が間違っているかもしれない」と思うと、何に対してもちゃんと向き合って考えますよね。逆に自分が正しいと思っていたら、ありのままを見ることができず、明後日の方向に進んでいても修正できなくなってしまうと思っています。
川添さん:オフラインが主流だったビジネスだと、実店舗のスタッフが接客によって柔軟に対応できていました。これは実店舗の明示しにくいメリットだったのですが、いざECで同じコトを実現しようとすると人海戦術になるか、パーソナライズできるツールとデータ量が必要で、実装のハードルがとっても高くなります。現実的には、現有戦力で今できることをやる必要があります。
「本当にそれはECで必要なのか」は、常に検証しないとわからないです。それは、企業の現有戦力やお客様のフェーズの掛け合わせを考えると、無数のパターンになるから先に具体的な答えを出すのは不可能に近いです。通り一辺倒でオフラインの“接客の常識”みたいなものをECでも引きずろうとするほど、発展しないような気がします。全く同じことをやるのではなく、お客様が求めるエッセンスを抽出したほうが良いでしょう。
4.EC事業者に持っていて欲しい視点
山崎:オフラインの経験をもとに「ECでもこうしなければ」と考えてしまうのは、その人の主観ですよね。だから、主観に捕らわれないということも、ヒントのひとつかもしれません。
逆に、消費者は自分のお金を使うのだから、主観で良いと思います。見たものをどう判断しようが自由だと思います。
川添さん:だから事業者は、主観と客観を行き来することが大事だと思います。山崎さんが仰った「謙虚さ」も必要です。
実際には意思決定するのは自分。ですが、日ごろからお客様の意見を収集しておくとか、スタッフや家族に意見を聞いてみて、客観をベースにもう1人の「消費者としての自分」の目線で見ています。また我に返って「これは本当かな」みたいな主観も見逃さないようにするとか。
山崎:そうですね。
商売を維持して伸ばしていくには、主観と客観を行き来して、ゼロとイチの間で自社に最適なところを見つける努力が必要なのではないでしょうか。
川添さん:実は成果をあげられる経営者って常に主観と客観を行き来して「自社に最適」と思った決断をくだしている。ちょっと厳しい意見になりますが、ECサイトの企画やCRMなどの担当者やデジタルマーケターは経営者のような心持ちが必要だと思います。
今回お話ししただけでもインターネットや端末決済、メタバースなど「消費者が変わる」きっかけが出てきました。新しいことだけじゃなくても、ECサイトは画面越しでの商売なので、やはり常に主観と客観の行き来が必要ですよね。
これからも変化は常に起き、それに合わせて商売も変化させていく必要がある。変化をしていく、つまりはこの不安定さを楽しむくらいがちょうどよいと思います。変化が嫌になるとつらくなってしまうので。
山崎:特にECサイトは変化が激しくなると思います。
主観と客観を行き来すること、迷うことがつらいなら、製品開発などに熱心になるほうが良いと思います。やるならば、粘り強く、自社にとっての正解を探していきましょう、と。
川添さん:単純な答えはありませんが、物事を整理することはひとつの軸になると考えています。例えば、「確実性が高いのか/不確実性が高いのか」「不可逆な流れなのか/可逆な流れなのか」は重要な観点です。
もっと具体的に、実際に企業やEC担当者からアドバイスを求められたときは「みなさんの強みは何ですか?」と聞いています。これに即座に答えられるでしょうか。
自社の人気商品であっても、「売れていない理由」以上に「なぜ売れているのか」を摑んでおく。それは事業者、担当の責任だと考えています。もし答えることができないなら、「どんなタイミングで何が響いたのか?」などを直接お客様に事実を聞いていった上で、整理していくことをお勧めします。
山崎:それは大事ですね。
川添さん:山崎さんもそういった視点、軸みたいなものはありますか?
山崎:軸というか、ECに携わる人は、自分の大きな買い物ほどECで買うと良いのではないかと思っています。
ECをやっているなら、ECに対しての真摯な姿勢を大切にして欲しいです。どこかで「実店舗のほうが信用できる」と思っているなら、ECの機能や有効性を信用していないのではないでしょうか。そんなのうまくいくわけありませんよね。大事な、失敗したくない買い物ほどECで買ってみて欲しいです。
川添さん:例えば、結婚指輪、車とか。
山崎:そうですね。
自分にとって大事な物や大きな買い物をECでしてみると、「もっとこうなっていたら良いのに」と気付くことも多いです。それをそのまま自社のECサイトに照らしてみれば、自ずと自社のECサイトに足りないこと、必要なことが見えてくると思っています。